東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1762号・昭55年(ネ)2537号 判決
三 そこで、以上認定の事実に基づいて考察するに、控訴人らと被控訴人との養子縁組は、控訴人成夫をその事業の後継者にしようとした猛夫と控訴人成夫との縁組に附随して、猛夫独自の考えに基づいて結ばれたものであり、元来、控訴人らと被控訴人の双方ともに親子の関係に入ることを希望する積極的な意思があったわけではなく、双方は、当時、事業の上でも家族関係の面でも中心的な存在であった猛夫の言に従ったに過ぎないことは前認定のとおりである。そのため被控訴人と控訴人ら、特に控訴人泰子との関係には縁組の前後を通じて格別の変化はみられず、猛夫が死亡するまで両者の関係が比較的円満に推移したのも、それは、控訴人泰子は被控訴人にとって夫の先妻の子、被控訴人は控訴人泰子にとってはいわゆる継母というそれぞれの立場を理解し、気遺い合ってきたためと推認されるのであり、縁組後、双方の間に親子らしい心の交流がみられた形跡は見当らない。この意味において、控訴人らと被控訴人との養子縁組は当初からその精神的基盤を欠いていたということができ、したがって養親子関係を維持する上で中心的な存在であった猛夫が死亡した後においては、双方の間に何らかの変化がみられることはむしろ自然の成行きであったというべきである。とりわけ、本件では、猛夫はその財産の全てを被控訴人に遺贈してしまったのであり、猛夫によってその事業の後継者に擬せられ、少くとも猛夫の事業関係の財産については当然に相続できるものと信じていたと思われる控訴人らにとって、このことは著しくその期待を裏切ることであり、猛夫亡きあと、控訴人らはいきおいこのことに対する憤懣を被控訴人に向けることになったことは前認定の事実から容易に推認できるところである。他方において、被控訴人は、実子もなく突然に夫を失い、唯一人老境へ向うことへの不安から、いきおい猛夫の財産に執着することとなったのであり、このことが遺産分割協議の過程で、被控訴人の言動に現れて控訴人らの強い反感を買い、さらに、そのことが被控訴人の感情を刺激し、その相乗作用によって控訴人らと被控訴人間の葛藤はますます激化していったものと推認される。
当審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合せると、今日においては、被控訴人が控訴人らに対して抱く感情は単なる不信や反感に止まらず、被害感情へと転じており、被控訴人において控訴人らとの養親子関係を維持しようとする考えは全くないことが明らかである。一方、控訴人らは、当審における各本人尋問において、今後とも被控訴人を母親として遇し、その老後の面倒をみていきたい、と述べてはいるが、弁論の全趣旨に照らすと、その言辞の裡には控訴人らが被控訴人の唯一の推定相続人であることから、被控訴人の遺産を相続することを期待する向きのあることも否定できない。
以上のようにみてくると、控訴人らと被控訴人との養子縁組は、もともとその精神的基盤を欠くものであったうえ、猛夫の死亡後、その遺産に関して生じた長期間にわたる葛藤により、もはやこれを継続することが困難な状態に至っているとみるのが相当であり、その原因は、猛夫亡きあと、控訴人らと被控訴人の双方とも自己の立場のみに固執して相手方を思い遣る配慮に欠けたことにあるというべきである(なお、被控訴人は、控訴人らの本訴における答弁書等での応酬自体を自己に対する中傷、侮辱として離縁事由の一つに挙げるが、その主張の採用し得ないことは原判決一六丁裏二行目の「なるほど」から同八行目末尾までのとおりであるから、これを引用する。)。してみると、その責任については双方の間に軽重の差を認めることは困難であり、このような場合には、養親と養子のいずれの側からも他方に対し離縁を求めることができると解するのが相当である。
したがって、被控訴人と控訴人らとの間の縁組はこれを継続し難い重大な事由があるものと判断され、被控訴人の本件離縁の請求は理由があるというべきである。
(岡垣 大塚 松岡)